
所在地:千葉県富里市
おもな荷物:アパレル
車両台数:126台
ロジックス利用機能: #配車 #経営見える化 #勤怠管理

日本全国でアパレルの倉庫管理(保管・仕分け)、チャーター・幹線輸送を担う東開物流グループ。創業以来、一貫してアパレル大手の物流パートナーとして事業拡大を続けており、2021年ごろからは2024年問題を見据え子会社を設立し、M&Aも積極的に推進するなど時機を捉えたスピーディーな経営を行っています。今回は東開グループ代表の北村 篤様、専務取締役の北村 翔太様、営業部長の永井 隆介様、そして配車担当の中島様に、東開物流のこれまで、そして2024年末に突如として推進し始めたDXの背景と、今後の展望について伺いました。(以降、北村 篤様を北村(篤)、北村 翔太様を北村(翔)、永井 隆介様を永井、中島様を中島と略記・敬称略)
――それでは、いまここ千葉県富里市に拠点を構えて保管・仕分け・配車など物流サービス広く提供するようになるまでの経緯をお伺いできますか?
北村(篤)さん:うちのルーツは実は神奈川県川崎市で、今の「東開」の名前を持ち始めたのは1997年の時でした。最初は運送じゃなくて、倉庫オペレーションから始まった会社です。
もともと運送業と倉庫内オペレーションを分けて請け負う形で業務を行っていたのですが、事業の統合運営のため、また今でも仕事を請け負っている荷主からの求めもあって、「東開物流株式会社」として2005年(平成17年)に組織変更を行いました。
大手アパレルの仕事を40年前から対応させていただいていて、その荷主とともに発展してきた、ということになります。
――では、創業当初から今の総合物流業としての対応を行っていらっしゃったんですね。
北村(篤)さん:そういうことになりますね。今では、その大手アパレルの物流をまるっと請け負っています。最初は配車もチャーター配送から始まりましたが、今では倉庫業務から幹線輸送、共配、納品管理まで、ほんとうにすべてですね。
――千葉の方には、いつごろ移ってこられたんですか?
北村(篤)さん:その荷主さんが物流センターを立ち上げるのを機に、2000年ごろにこれまでの仕事を引き継ぐ形で拠点ごと移転してきました。当時は荷主の代理店から「手伝ってくれ」と頼まれて来ただけでしたが、結局離れられなかったんですね。
千葉に移るというのは大きな決断でしたが、移転後も25年の付き合いがあるということで、良いご縁だと思っています。
――そこから、令和に入るころに子会社の設立、M&Aと大きな動きを始めています。これはどういった経緯があったのでしょうか?
北村(篤)さん:私が代表取締役となって、まずは経営者としての第一歩を歩み始めたのが9~10年前程前のことでした。
当初より倉庫を増設したい、物流網を広げるのに投資したい...というようなチャレンジを、自分としては会社の成長に必要だと思っていました。
その後、代表権をすべて取得したタイミングで、そこからチャレンジを始めた結果が、子会社の設立・M&Aといった、いま世に出ている成果かなと思っています。
至らぬところもあり離職者なども出ましたし、正直、怖さもありました。でもそれ以上に、初めて自分の判断・決断で会社を動かせるようになって、「これがやりたかったんだ」って感覚の方が強かったですね。

北村代表
――子会社を作るのは、地域ごとや仕事ごとなど、いろんな切り出し方があるかと思います。敢えて拠点は分けずに、子会社を増やしていった経緯も伺えますか?
北村(篤)さん:大きく3つあって、2020年当時、「2024年問題」が騒がれ始めたくらいに、その対応のために会社を分けたというのが1つ目。
2つ目としては、部下の成長を期待して、各会社の代表に据えることで「自分で決める、やる」ことをより強めて仕事をしてほしいという思いから。
そして3つ目でいうと、人材派遣業を持っていたり、倉庫・仕分け作業をしていたり、運送は幹線もあれば地場配送もあれば...ということで、仕事ごとに会社という器を分けて、管理しやすいようにしたい、というのがありました。
2024年問題といえば、やはり課題になるのは長距離輸送での労務管理です。東開でも関西圏に長距離輸送を行っていたのですが、地場の配送までは手が回り切らないし、当然、法令違反になる運行を避けたいという考えがありました。
関西・大阪で新たに奥野運送株式会社にグループに加わっていただいたのですが、もともと東開と同じくアパレルの保管・仕分け・運送を行う会社で、非常に相性が良かった。
地場と長距離をきっちり分けることで、運転手の拘束時間管理も明確になりました。たとえば関東の車が大阪へ行くと2日運行になりますが、現地に拠点があると、片道で切って休息を取ることができる。これには大きな意味があります。
――2020年当時だと「2024年問題」は「来ない」とまで言われていた時代だった記憶があります。そこまで見据えて経営されていたと。
北村(篤)さん:そうですね、幹線輸送からチャーター配送までの対応力が東開の強みでもあったので、それを徹底できるように考えていました。
子会社設立には人材育成の観点もあるとお伝えしましたが、今の経営はまだまだトップダウンですし、子会社の多くは東開物流からの仕事で成り立っています。
将来的には、各社が自分たちで営業して取引先を広げていけるようにしたいんです。会社を分けた意味は、法令対応だけでなく、何よりもそうした人の育成効果と、それを通じた更なるグループの拡大にあると思っています。
――子会社や請け負う仕事が増えていく中で管理はだいぶ複雑化していく印象ですが、実際の現場業務はどうだったのでしょうか?
永井さん:最初はなんとかなっていました。でも子会社も増え、荷主も増え、扱う運行数も一気に増えて……現場は「業務は回せている」状態でしたが、正直ギリギリでしたね。
配車の管理も請求の計算も、基本は全部エクセルでの手作業。一部は共有Excelと、集計等の作業自動化はアクセスとかのシステムでやってきました。
――訪問して業務を拝見したときにも、業務手順自体はシンプルで、スプレッドシートの利用やアクセスでの自動化など、デジタル化が進んでいる印象でした。
永井さん:確かにデジタル化は出来ていましたが、結局「人」頼りなところは多かったですね。どの業務も、入力も更新も担当にしかできないし、作業状況も分からないのが前提でした。あとは共有ファイルでもシステムでも、同時に1名しか作業が出来ないというのが致命的で...。
仕事が取れてるのに、配車が詰まってるのか、車両が足りないのか、それとも誰かが対応中なのか。情報がどこかにあるのは分かってるのに、横断的に見えないってのが、一番のストレスでした。

配車業務について伺っている様子(導入前)
――その状態から、全社横断のシステムを使っていくということに踏み切れなかったのは、どういった事情があったのでしょうか?
永井さん:2024年問題対策を始めた5年くらい前から、何か入れなきゃって空気はありました。でも、当時見たシステムはどれも一長一短で「うちには合わないね」で終わってたんです。
なので、色々と情報収集はしつつも諦めもあったのが正直なところです。
――配車、請求ともに「特殊」な部分は、どこの運送会社さんもありますよね。そこから、システム化の検討に移ったのはいつ頃だったんですか?
永井さん:本当に具体的に考え始めたのは、2024年9月の国際物流総合展でアセンドさんに出会った時からでした。
展示会では朝・夕方と2回ブースに伺ったんですが、現場の課題をそのままぶつけても話が通じるし、できる/できないもはっきり返してくれて「これだったら行けるんじゃないか」という感覚が持ててから、ですね。
――そこから、2か月くらいで2,3回の打ち合わせで導入をご判断いただきましたね。
永井さん:正直、私としては「もっと慎重にやらなきゃ」とは思っていたところもありましたが(笑)。
でも、現場の業務を聞いてもらったうえでロジックスができる部分は明確になっていましたし、グループ全体の業務管理と、配車・売上のリアルタイム把握という2つの大きな課題が解消できると確信していました。
最後は北村代表が言った「流れが止まる前に、決めて動け」って言葉を信じて、導入に踏み切りました。
――実際、導入していただいてから現場や業務はどう変わりましたか?
中島さん:配車の現場でいうと、以前は「今この車両が空いてるかどうか」を知るのにも一苦労でした。でも今は、誰がどの車両をどこに走らせてるかが、1画面で見える。営業も配車も、同じ基準で会話できるようになったのは大きいです。
あとは、配車としての判断のスピードが上がりました。「この案件取れるか?」っていう営業からの相談に、即答できる。今までは「一度確認してから」ってワンクッションが必要だったのが、リアルタイムで進むようになったのはほんとに助かってます。
「ロジックス」で配車を組んでいる様子
――営業側から見ると、どうでしょう?
中島さん:ダッシュボードや過去の仕事を見て、この運行は時間がかかるのに売上は少ないとか、逆に高単価だとか、すぐ判断できるようになりました。
これまでは忙しい時に「この案件受けたいけど、配車が詰まって無理かもしれない」みたいな感じで、感覚を元に受注判断をしていたのですが、今は配車の空き状況を配車担当と会話しつつ、過去のデータを参照しながら判断できるというのは大きな違いです。
データがあることで、断る理由にもなるし、単価がいいものに集中する判断にもつながっています。

ダッシュボード画面(※アセンド社作成のサンプル)
――導入を始めてから3か月ほどが経ちましたが、現場への定着状況についても教えてください。
永井:まだまだ、これからもっと全員がロジックスに慣れていかないといけないですね。今はまだ、前のシステムが染みついてる人も多いです。触れてる人と、見てるだけの人の差があります。
でも、慣れてきて勤怠や請求もロジックス内で完結できるようになれば、人ごとに更新タイミングがずれて進まない、みたいな問題も、請求の入力ミス・入力漏れとかも減ってくるので、地道に進めていくしかないですね。
中島: 前のシステムが体に染み付いてるので、新しい画面で“これが何を意味してるか”ってところに慣れるまでに時間がかかる。だけど、それを超えれば、作業がずっと楽になるはずです。
今は「どう使えばもっと便利になるか」を理解していく期間ですし、もっと使いこなすために都度相談させてもらっています。

――システムの更なる定着はもちろんですが、今後、DXで目指していきたい姿はどのような形でしょうか?
北村(翔):うちの弱さは「言われてから動く」こと。社長の指示が出ればすぐ動く文化がありますが、それは裏を返せば、現場が自分の判断で動けていないということなんです。そこを変えていかなきゃいけないと思っています。
そのためにも、「そもそも、どこに向かって動くのか、動くべきなのか」を考える物差しとして、ダッシュボードや業務状況のデータを活用していけたらな、と。
――データや自社の状況が見えれば、自分で考える・行動する余地が生まれる、ということですね。
北村(翔):まさにそうです。「この仕事って本当にやるべき?」って考えたり、「この案件はこう回せば利益が出る」って判断したり。それがみんなでできるようになったら、組織としてすごく強くなっていけるなと。
また、システムを使いこなせれば現場のノウハウを仕組みで残せます。職人頼みじゃなくなるんです。これは、次の世代にバトンを渡すための準備です。
DXはシステム導入だけでは完結しません。組織のあり方、動き方が変わっていくところまで、全社でやりきっていければと思います。
RELATION
CONTACT
ロジックスの詳細について
お気軽にご相談ください
ロジックスのくわしい資料は
こちらから
お電話でのお問い合わせはこちら
平日 10:00~20:00